一日、一日・・・大切に♪


by ihatov12
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カテゴリ:びょうき( 17 )

4月6日は・・・

3年前の今日。2006年4月6日。

おおきな手術をした日です。

去年もおととしも「いまごろ・・・」なんて逐一思い出していたように記憶していますが
今年はあまりの忙しさに記念日であることだけ認識していました。

いつも思い出してた手術室にはいった時間とかそのあとの諸々・・・
麻酔がさめてからのこと。
気づいたら忙しさのあまり通り過ぎてました(*≧m≦*)

そっかぁ・・・
あれからもう3年。まだ3年。。。

手術したら絶対1ヶ月以内には退院して社会復帰するんだ!って言い聞かせていたのに
イレウスにはなる、転移発覚で追加治療になる・・・
と予想外の展開でしたが
それもこれもわたしには必要なことだったのかな。

5年生存率なんて「作られた数字」だと思ってるので
そんなことにはとらわれず
毎日毎日、大切に、私なりに時間を重ねていきたいなぁって
改めて思うのでした。


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ガーデンシクラメン♪
つぼみがまだまだいっぱいあがってきています(^^♪
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by ihatov12 | 2009-04-06 23:00 | びょうき

はぅっ…

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あったかいんだか
肌寒いんだか…

と思ってたら
風邪ひいたみたいです。
熱もでてきたみたい。

もうおふとんにくるまってます。

おやすみなさい…


みなさまもご自愛くださいね。
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by ihatov12 | 2008-10-27 19:13 | びょうき

おしらせ

世の中にはたくさんの病気があります。

その病気それぞれの患者さんがそれぞれ。。。大変な苦しみがあるのだと思います。
でも私は自分が罹患した「子宮頸癌」のこと、それも自分の場合のことしか理解していません。

その病気にかかったことがない方は「病名」を聞いてもよくわからないし
「同じ病名」であればすべてが同じひとつのもの、だと感じられていることが
おおいのではないのでしょうか。


前述どおりわたしは「子宮頸癌」の「自分」のことしかわかりません。
「子宮頸癌」のなかにもたくさんの種類があり、かりに同じ病名同じステージの方とも
症状・治療法・経過・後遺症などが個人個人ちがうからです。

私は病気になる前、自分に対して興味がありませんでした。
自分はこの先、生きていってもあまり意味のない人間なんだと思ってました。

でもこの病気になって、たくさんの大切なものを失って
そういう考えが間違っていたことにはじめて気づき始めました。


**************************


この病気になっていろんな人に言われました。

「子宮でよかったね。」
「子宮癌なんて切れば治るよ」
「子宮癌なんて癌のうちにはいらないよ」

世間ではそうおもわれているのかもしれません。
でも当の本人には心をナイフでズタズタに引き裂かれるかのような言葉でした。

そして子供のいる友達のなかには
話しづらい。。。というような理由で離れていったひともいます。

・・・でも仕方ない。
その方にはわからないんだから。
理解できるはずがない。
でもそんな気持ち、わからないほうがいいのかもしれません。
子宮をなくす寂しさ、苦しみ、喪失感、自分の命と引き換えになくした・・・懺悔の想い。
両親から受け継いだ遺伝子を残せない寂しさ。
そしていつか再発するのではないかという恐怖。

今は・・・うけいれているつもりです。
普段は普通に生活できています。
ただ時々・・・振り返って涙するのは当分続くのかもしれません。

だから・・・

こんな想いをする人が少しでもすくなくなればいい。
いいえ、いなくなればいい、と思います。

検診を受けてみませんか?
そしてもっと自分の身体さんを観察してあげましょう。

そんなきっかけになれば・・・と思って以下ご案内させていただきたいと思います。
関西圏の方以外にもそういった興味をもっていただければ
うれしく思います。

。・。・。・。・。・。・*********************。・。・。・。・。・。・。・


期間 :3月9日(日) セミナー

■ 催事名称 :「もっと知ってほしい 女性のがん」

■ 主催者 :芦屋市、日本対がん協会、
   リレー・フォー・ライフ関西実行委員会

■ 開催時間 :13:30~16:30

■ 電話番号 :078-360-0898

■ 場所:ラポルテホール http://www.laporte.jp/      JR芦屋駅北側



●「気をつけたい女性のがん」
  ~子宮・卵巣など女性がかかる病気~
 兵庫県がんセンター婦人科部長 西村 隆一郎氏

●「健康生活のおくり方」
  ~乳腺、消化器などの女性がかかりやすい病気~
 元国立がんセンター薬剤療法部長 前茨城県立中央病院長
 大倉 久直氏

●「セカンドオピニオンの大切さ」
  ~子宮がんになり早期発見・早期治療の重要性を感じて~
 エッセイスト 逸見 晴恵氏

●「縄文探しの旅で乳がんといわれたとき」
  ~医療者と乳がん患者の通訳者~
  漫画家 酒井 広子氏

■ 詳細説明 
がんに罹っている人は年々増加し、2005年の厚生労働省の調査によるとその数142万人と推計されています。
あわせて女性特有のがんも増えています。
女性のがんを知り、定期的な健診や生活のおくり方を知ることで早期発見や予防につながります。
是非この機会にご参加頂き、がん対策にのぞみましょう。

※セミナー入場無料

※懇親会(参加費:1,000円)セミナー終了後、懇親会を開催する予定です。
お時間のある方は、お気軽にご参加下さい。

※定員200名(定員に達し次第締め切り)

※全て事前申込必要→詳しくは、ホームページ参照
http://rfl-jp.net/hp/ashiya/2007/
☆12:30~個別相談なども予定されているようです。

詳細、申し込みは2月4日から始まります。

コチラ→http://rfl-jp.net/hp/ashiya/2007/をCheckしてみてくださいね。

もちろん男性でも参加OKですし、患者様でもどなたさまでもOKです。



♪詳しくは、上記 リレー・フォー・ライフ関西実行委員会
 事務局(078-360-0898)まで、お問い合わせ下さいませ。
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by ihatov12 | 2008-02-03 13:14 | びょうき

補完医療

先日みたテレビで・・・

西洋医学の補完医療として「鍼」などの東洋医学を取り入れてるアメリカのお話や
大阪大学などのお話がありました。

こんなふうにどんどんいろんな方面から身体のことを考える病院が増えてくるのは
病院に通うものとしてはとてもありがたいのですが。。。

なんだろ・・・一抹のこのきもち。008.gif

「補完」って・・・
西洋医学がまず1番にありってこと?
それを補うのがその他の治療ってこと?

ん・・・なぁんだかおかしな気がする。
それってちがうんじゃないの?
なんて思う私がいる。

でも私はコ・メディカルな人間じゃないからむずかしいことはわからない。
ただ自分の体感だけ。感覚だけ。

あ、なら黙ってなさいってことかな。失礼しましたぁε=ヾ(*~▽~)ノ

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先月のダンスのときにいただいたお花が少しだけどまだこんなに元気♡
053.gif053.gif053.gifすごいなぁ((o(*^^*)o))
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by ihatov12 | 2007-12-26 23:34 | びょうき

子宮会議~私の宝物~

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今朝のテレビ、
「スーパーモーニング」に洞口依子さんが出演されていました。

闘病中のホームビデオ・・・
インタビュー・・・

私は会社勤めなのでリアルタイムではみれないため
録画しておいたのを帰宅してから何回も何回も見ました。

でもたぶんこの番組はよりこさんの本心をうまく伝えられていないんじゃないか・・・
ってちょっとおもってしまうんだけど。
DR木下のコメントも含めて・・・・ですが。
(勘違いならごめんなさい)

体調の不良から不正出血などのがん告知される前の私がよみがえる。
がん告知されたときの様子、
手術前夜のわたしがよみがえる。

ずいぶん元気に、今はなったけれど
このなさけない後遺症はやっぱりわたしにまとわりついてくる。
自分ひとりでこれをかかえて生きていけるのかっていう不安。

治療さえすめば元気に向かって一直線だと思っていたのに
なんでこんなにたくさんの壁があるんだろう。
5年経過しないうちは「がん患者」と言われ
いろんなことに制約があったりする。

そんなことにこだわる、
私の心は弱すぎるんだろうか。

でもこの本を読んでずいぶんわたしは元気になれた。
こんなに「エエカッコ」していない闘病記にとてもとても励まされた。
私も時間がたてば
がんばっていれば
こんなふうに考えられるようになるのかな・・・
そしてこの「子宮会議」はぜひぜひ男性にも読んでほしい。
いえ、男性にこそ読んでほしいと思います。
そしてそばに居るあなたの家族(恋人でも)の手をあたたかく握り締めて
やさしく微笑んであげてほしいと思います。

こういう病気になって身体が女性として機能しなくても
それが愛情を確かめ合えることにもなるんだね。
私はどうやらオトコを見る目がなかったらしく
この病気になったことを告げたら
お見舞いにもきてもらえないままにげられちゃったけど。

でもいつか・・・
わたしをまるごと認めてくれるひととめぐりあえるまで・・
わたしはひとりの人間として、しっかり歩いていきます。


ただ・・・いつもできるだけ笑って、元気に動き回って
病気してたのがうそみたいだねって最近よく言われるけれど

・・・ほんとはね。
しんどいときもあるんだよ。

どうしようもなく自分をささえられなくなったり
不安になったり
笑うことも
喋ることも
立っていることも
座っていることも

なにもかもがいやになることがあるんだよ。

でもいいよね。
ちょっとくらい弱音はいても。

ちょっと休憩したらまた前だけむいて歩いていくから・・・

明日の朝はきっと元気に笑ってるからね。




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渋谷のデロリでよりこさんにいただいたサイン♡
私もいつかよりこさんのようにやさしく笑えるすてきな女性になれたらいいな。












そしてこれからは静かによりこさんを応援していきたいと思っています。
ずっとずっと・・・応援しています(^-^)v
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by ihatov12 | 2007-12-20 22:22 | びょうき

たくさんの帽子たち

そろそろ朝のちゃりんこ通勤が寒くなってきたな、帽子かぶろっかなって
帽子箱を開けてみると・・・

あ~、こんなに帽子あったっけ?っていまさらながらビックリ。

今まで帽子は似合わないと思ってたのでひとつも持ってなかった。

でも去年、抗がん剤治療の前に治療後は髪がなくなると言われたくせに・・・
「もしかして私は抜けないんじゃない?」なんてノーテンキに考えてた私。
でも抗癌剤から2週間、風が吹いただけでも頭皮が痛くなってきて
「ヤバイ、いつもと違う・・・」
「抜けるんだ、髪・・・」
すぐにそう思った。

抜けてからじゃ遅いじゃん!
そう思って帽子屋さんへ飛んでいった。
白血球の数値が下がってたので人ごみ禁止令がでてたのに・・・・

さわるだけでも髪は抜けていく。
そんな状態なのに
いくつもの帽子をあれこれかぶってみた。
(帽子屋さん、ごめんなさい・・)

似合うとか似合わないとか。。。
そういうのではなく髪がないのがばれないような・・・
大き目の帽子を買って帰った。
まもなくすべての髪がなくなった。

まだ自宅療養中だったのであまり人にあうことはなかったけれど
たまに友達が部屋にきてくれることがあると部屋の中でも帽子をかぶってた。
みんな「似合うよ」って言ってくれた。
さて、それは社交辞令だったのかなんなのか???

そしていろんな友達がお見舞いに帽子をくれた。
そしてこんなにたまっちゃった・・・f^-^;

なかでもこのピンで写ってるブラウンの帽子・・・
1番シンプルだったので抗癌剤投与のための入院中にもこれをもっていって・・・
退院して公演で踊らせてもらうためのリハーサルもこれをかぶって稽古した。
この帽子にはいちばん想い出があるかも・・・

今はまだこの帽子かぶれない。。。な。

でも他の帽子は髪が伸びても愛用中(^◇^)

そしていつのまにか帽子好きに変身してました♡

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by ihatov12 | 2007-11-13 20:44 | びょうき

がん患者に100の質問

癌々行こうぜ-なっちゃったモンは治すしかない。のひみこさんのHP。
http://www.geocities.jp/armisael95/告知されたときにさんざん訪問してました。

何度もこの回答に答えてみようと挑戦したものの
いつも途中で挫折してしまってました。
はじめて最後まで回答できたのがひみこさんのHPにもアップされていたので
こちらへもアップしちゃいましょう!


----- 01 お名前(HN)は? -----
ihatov

----- 02 生息地はどこですか? -----
大阪

----- 03 原産地はどこですか? -----
大阪

----- 04 生年月日は? -----
お正月

----- 05 星座は? -----
やぎ座

----- 06 血液型は? -----
Rh+A

----- 07 身長は? -----
158センチ

----- 08 体重は? -----
45キロ

----- 09 結婚してますか? -----
いいえ

----- 10 子供はいますか? -----
いいえ

----- 11 親と同居してますか? -----
いいえ

----- 12 初潮は何歳? -----
12歳だったかな

----- 13 何癌ですか? -----
子宮頸癌

----- 14 確定診断のステージは? -----
限りなく2に近い1b-2

----- 15 癌のタイプは? -----
扁平上皮癌

----- 16 癌発覚のキッカケは?(検診or自覚症状) -----
自覚症状

----- 17 (あれば)どんな自覚症状でしたか? -----
大量の出血

----- 18 細胞診のクラスは? -----
聞いてないです

----- 19 転移はありますか? -----
リンパへ・・・

----- 20 再発はありますか? -----
いまのところなし

----- 21 過去に癌検診は受けたことありますか? -----
はい

----- 22 何歳で癌告知されましたか? -----
・・・

----- 23 すぐに信じることができましたか? -----
はい

----- 24 告知された時の心境は? -----
やっぱり・・・

----- 25 「もうダメだ」と思いましたか?それとも「自分は死なない」と思いましたか?(直感で) -----
半分だめかと。

----- 26 告知後、カウンセリングや心療内科や精神科にかかりましたか? -----
いいえ

----- 27 あなたのキーパーソン(心の支え)は? -----
自分

----- 28 現在治療中ですか? -----
経過観察中(別クリニックで鍼灸の治療中)

----- 29 どんな治療を受けましたか? -----
広汎子宮全摘術・リンパ郭清・化学治療

----- 30 入院(治療)期間は? -----
のべ4ヶ月近く

----- 31 治療を受けた病院は? -----
大阪では有名なホテルのような病院

----- 32 だいたいの治療費は? -----
軽く100万は突破

----- 33 1番つらかった治療は? -----
抗癌剤

----- 34 治療した病院を選んだ理由は? -----
最初に行った町のクリニックからの紹介

----- 35 転院はしましたか? -----
いいえ

----- 36 選んだ病院の良いところ -----
1番は近所
2番はきれい

----- 37 選んだ病院の悪いところ -----
冷たい職員が数名

----- 38 入院中楽しかったことは? -----
おとなりさんとのおしゃべり

----- 39 入院中つらかったことは? -----
ご主人や彼がお見舞いにきてくれるのを見ること

----- 40 食事はどうでしたか? -----
ほとんど食べれなかったのでたまに食べるとおいしく感じました

----- 41 ルームメイトはどうでしたか? -----
おとなりさんはよかったけれど入れ替わりはいってきてはすく退院していく筋腫のかたは・・・結構疲れました

----- 42 正直な話、ムカつくヤツとかいませんでした? -----
いました

----- 43 院内のスタッフで素敵な人いました? -----
いました

----- 44 院内食で美味しかったオカズは? -----
においにつられて。。。トースト

----- 45 院内食でマズかったオカズは? -----
へんな色の魚の煮物

----- 46 入院する時のおすすめグッズってあります? -----
DS

----- 47 退院したらまず何を食べたいと思いましたか? -----
かっぱ巻き

----- 48 いつ手術を受けましたか? -----
2006年4月

----- 49 術前に肩に注射しましたよね?意識が朦朧としましたか? -----
してないです

----- 50 所要時間は? -----
6時間

----- 51 術式は? -----
広汎子宮全摘術

----- 52 麻酔方法は? -----
硬膜外麻酔(かな?)  ←もちろん全身麻酔です

----- 53 失血量は? -----
おどろきの250cc

----- 54 輸血しましたか? -----
いいえ。術後数日してから自己血を返してもらいました。これも輸血??

----- 55 傷跡は何センチですか? -----
20センチくらい

----- 56 何針縫いましたか? -----
ホチキスみたいなの・・・数は不明です

----- 57 術後管理病棟には何日間いましたか? -----
すぐに大部屋へ

----- 58 術後何日目で歩きましたか? -----
翌日

----- 59 術後つらかったことは? -----
腸閉塞

----- 60 術後腸閉塞になりましたか? -----
はい


----- 61 何グレイ照射しましたか? -----
*放射線治療を受けた場合

----- 62 期間は? -----
*放射線治療を受けた場合

----- 63 どんな副作用がでましたか? -----
*放射線治療を受けた場合

----- 64 抗がん剤の種類は? -----
カルボプラチン・パクリタキセル

----- 65 何クール? -----
3クール

----- 66 どんな副作用がでましたか? -----
脱毛・全身倦怠感・食欲不振・吐き気・湿疹・足のしびれ・視界に光が・などなどいーっぱい

----- 67 卵巣は摘出しましたか? -----
はい

----- 68 ホルモン療法してますか? -----
いいえ

----- 69 排尿障害はありますか? -----
多少

----- 70 自己導尿ですか? -----
いいえ

----- 71 リンパ浮腫はありますか? -----
少し

----- 72 弾性ストッキングは履いていますか? -----
いいえ

----- 73 どんな検査しましたか? -----
細胞診・CT・MRIなど

----- 74 痛かった検査は? -----
細胞診

----- 75 血縁関係に癌患者はいますか? -----
はい(母)

----- 76 がん保険には入ってましたか? -----
いいえ

----- 77 アレルギー体質ですか? -----
いいえ(海老のみに反応)

----- 78 過去に大病したことありますか? -----
いいえ

----- 79 好きな食べ物&飲み物は? -----
アイス・コーヒー牛乳

----- 80 嫌いな食べ物&飲み物は? -----
納豆・青汁

----- 81 タバコは吸いますか? -----
手術前はヘビー・今は禁煙中

----- 82 お酒は飲みますか? -----
いいえ

----- 83 普段、水分は多く摂るほうですか? -----
はい

----- 84 小食or大食? -----
以前は大食、今は小食

----- 85 抗がん食品(アガリクスとか)は摂取してますか? -----
いいえ

----- 86 癌になってやめたことってありますか? -----
たばこ

----- 87 癌になって始めたことってありますか? -----
からだを気遣うこと

----- 88 癌になって得たことってあります? -----
ひとのやさしさを知りました。その逆も・・・

----- 89 癌になって特に辛かったことは? -----
親にかくしていたこと

----- 90 自分の癌について詳しく調べましたか? -----
はい、HPなどで

----- 91 食生活orストレス、自分ではどっちが原因だと思いますか? -----
どちらも、かな

----- 92 「癌患者の会」みたいなのに入会してますか? -----
いいえ

----- 93 癌になる前は快便でしたか?もしくは便秘or下痢? -----
便秘

----- 94 今は便の調子はどうですか? -----
快便

----- 95 最悪の場合、ホスピス行きますか?それとも最後まで戦いますか? -----
ホスピス、戦い続けるほど強くないです

----- 96 癌になるまで、自分は絶対癌とは無縁だ、と思ってましたか?それとも、癌になったらどうしよう、と思っていましたか? -----
なるんじゃないかと思ってました

----- 97 一応これ記入した日付書いておいてください -----
2007年10月20日

----- 98 自分に向けて一言お願いします -----
もっと自分を好きになろう!

----- 99 自分以外の癌患者さんに向けて一言お願いします -----
一緒にがんばりましょう。止まない嵐はないんです。

----- 100 100の質問に答えてみた感想は?(疲れた以外で) -----
1年まえのことなのに案外記憶が薄らいでる・・・喜ぶべきかな
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by ihatov12 | 2007-10-28 20:48 | びょうき

CT撮影(UoU)。。。

今日は半年ぶりのCT撮影。
来週の検診に備えて・・・
2ヶ月ぶりの病院でまた色々思い出してしまう。

待合で入院患者さんが看護助手さんに車椅子で連れられてきてたり
売店に点滴棒を引きづりながら買い物に来てる人。
入院してきたひと。
退院していくひと。

私も毎日助手さんにレントゲンとるために連れてきてもらってた。
自力であるけなかったから車イス押してもらって・・・

入院中絶飲食が多かったのであまり売店に出入りすることはなかったけれど
あるけるようになってからはちょこちょこ覗きに行って
「食べれるようになったらこれとこれを食べよう」なーんて
ゴロゴロと点滴棒(私はこれをポチと名づけていました)をひきずりながら
お散歩にでかけていました。


帰りにのどが渇いたので売店へ。
つらーい思い出のテレビ室が売店の反対側にあるので
あまり地下には出入りしたくないんだけど
今日はちょっと覗いてみちゃった(^^ヾ
撮ってすぐに逃げるように去ったのでブレてる・・・(小心者)

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あー・・・ここだ。
ストレッチャーに乗せられ研修医と数名の看護師さんに囲まれ
まるでテレビドラマみたいだったんだろうなぁ。
いやな思いはよみがえるけど今迄みたいにどこかが痛くなったりはしない。
私、ちょっと成長したんじゃない???なんて(^-^)v

病棟にあがる途中でやっぱりやーめたって引き返しました。

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そして外に出て・・・
入院時とほぼ同じ風景に時々こっそり外の空気を感じに出てきていた事を思い出す。

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あまりにもいいお天気だったので病院前の公園をぶらぶらお散歩してみました。

こんな色のサルビアもあるんですね・・・

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元気色のコスモスも発見(゜▽゜)

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こんなにのんびりゆったりした心でいられるんだから
CTの結果もなんにもないでしょう。

ただ、ここしばらく頭がしびれるように痛いんですよね。
胃もいたいし・・・

なのであとはオウチでまったり過ごしました。

あーどこかお出かけしたいなぁってお空を眺めながら・・・
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by ihatov12 | 2007-10-06 18:52 | びょうき

抗癌剤

放射線治療をしましょう・・・

主治医は最初そう言いました。

でも、イレウス(腸閉塞)になってしまった以上、骨盤部分への照射は危険ということになり
抗癌剤を使って化学療法をしましょう、ということに変更。

イレウス管挿入から1ヶ月近く、いろんな治療を繰り返し
あげく、子宮をとりだした同じキズをもいちど開けて
閉塞部分を切除するオペをしましょう、ということに。

もうどうにでもして。。。っていう気持ち。
ところが明日手術です、っていう日
突然腸が通過したのです!
婦人科の主治医も担当医もナースさんたちも
突然主治医の仲間入りをした外科のドクター2人も誰もが「奇跡」だといいました。
(ドクターがそんなこと言っていいの?って気もするけど)

これであとは抗癌剤に向けての体力作り、ということになりました。

イレウス管挿入後はもちろん絶飲食のためずーっとずっと点滴の針を
さしたままです。
腸が通過したからって急には食べれなくてやっぱり点滴のお世話に。。。

でも、さしてもさしても漏れる血管になっていたので首からさしましょ、ということになりましたが
食べるからいや!って拒否し、それは免れました。(なんかこわいでしょ・・・首って)

それからは点滴をはずし、少しずつ食事や栄養補助食品でカロリーをつけていきました。
その時は今まで見たこともないくらい痩せていましたが少しずつ肉が付いていきました。

それとともに局部の異常な腫れもひいてきました。
いったんリンパ浮腫はおさまったようでした。

そして抗癌剤治療の説明。
また病室で様々な副作用を大声で説明されました。

この治療で突然死もありうる、とのことでした。
ここで私は2度目の遺書を書きました。
父親が叔父や叔母を責めないように、そして謝罪の言葉。

そろそろ大丈夫かなっていうことで治療計画の用紙を渡されました。
「TJ」療法という名前でした。
カルボプラチン・パクリタキセルを2つ使って始まることになりました。

通常は4週間間隔で投与するようですが若いから3週間間隔でいけるんじゃないかって。

その用紙の抗癌剤名の横にはおおきく「毒」とかいてありました。
身体に毒をいれるんや・・・青ざめました。

いよいよはじまる当日
流しの点滴にはじまって吐き気止めのカイトリルを飲み、点滴の針から毒が身体にはいりました。
一瞬にして口のなかがまずーい味でいっぱいになりました。
アルコール製剤でもあるのでお酒に酔ってる状態にもなりました。
(普段からお酒は飲めないんで・・・)
7時間ほどで終了、疲れてシャワーに入って少しだけ食事をしてぐったりしていました。
翌日さっそく副作用・・・。
腎臓にもダメージがあるらしくとにかくたくさん水分をとって尿として出すように。と言われました。
がんばって飲みました。
さらに翌日からだがなんだかおもくなりました。
食欲も少し落ちました。
吐き気はあるけどなぜか吐けなかったです。
そして翌日、動けません、食べれません、飲めません、しゃべれません。
飲まなきゃいけない水すらまずくて飲めませんでした。
ただベッドのうえで息をしているだけ。
お見舞いにきてもらってもふりむくことすらできない。
この状態が2-3日続きました。
あとは上向きでした。
状態は上向きになっても骨髄抑制はかかってしまい、白血球がさがりました。
その白血球があがったら一旦退院しましょう、と言ってもらえました。

抗癌剤治療から10日と少しで退院することができました。


部屋に戻れたことが嬉しくて自分では一気に元気になった気がしました。

外来への通院は週1回でした。
白血球はなかなか次の治療にはいるまでの数値には戻らなかった。
めったに出ないとはいえ外出には常にマスク着用です。
冬ならいいけどこんな暑いときに・・・
なんか恥ずかしかった。

部屋にもどってしばらくしたら脱毛が始まりました。
少し前から風が吹いても頭皮が痛いなっておもってました。
3日後にはほとんどの髪はなくなりました。
気が狂ったんじゃないかとおもうほど髪を触り続けました。
ひとりは辛かった。
でもひとりでよかった。
ん・・・どうなんだろ。


1ヵ月後、大丈夫だろうってことで2クールめの抗癌剤のため再入院しました。
2回目も1回目とほぼ同じような状態でした。
そしてまた白血球の回復を待って退院。
週1回の通院、そしてまた1ヵ月後に再入院。
3クールめは副作用が1番きつかったです。
足のシビレもあったりして歩けない日がありました。
同じく白血球の回復を待って退院。

予定通りの抗癌剤治療は終了です。

でもその時にあと2-3クール追加しようっていう話になりました。
考えましたが拒否しました。

その後自宅療養でした。
これでもう病院にもどらなくていいっていう気持ちのせいか
どんどん元気になっていく気がしました。


身体は回復してるようでしたが足はむくみ、排尿も以前のようにはいきません。
でも同じ手術をされた方のブログなんか見てると
それは当たり前のようにかいてあったので
うまくつきあわなきゃ・・・って、あきらめていきました。

1年ってながいようで短い・・かな。


今こうしているともっと昔の話みたいな気がするんだ。

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by ihatov12 | 2007-08-11 14:22 | びょうき

青空をみあげて

今朝はとびきり、きれいな空。
なんだかそう感じながら、いつものように空をみあげて
元気をもらってた。

そう、去年1度目の退院をしたときに見上げた空もこんなだった。
毎日、病室から切り取られたちいさな空を見上げてた。
退院して外に出たとき「あ、空っておっきかったんだ」って
当たり前のことなんだけどすごく嬉しかった。


手術前夜、カーテンに囲まれたひとりの空間でオナカを見つめながら
今夜で私の中にいる子宮がなくなるんだ。卵巣もとっちゃうんだ。
そして明日にはこのオナカにキズがつくんだ。
そう思って部屋の外にある車椅子用の大きなトイレにいきケータイで写真を撮った。
そして会いにきてくれなかった彼に「きずのないおなか忘れないでね」ってメールした。
返事は・・・こなかった。

手術が終わった夜、かわるがわる看護師さんが様子を見に来てくれた。
とても息苦しくてなんどか自分で酸素マスクをはずして
また戻すっていうのを繰り返していた。

でも・・・自分のオナカにおおきな空間があるような感じがたまらなくさみしかった。

このときはからだの痛みなんかよりも
「もう女じゃないんだ」っていうマイナスな気持ちでいっぱいだった。

でもそんな思いは誰にも言えなかった。
「命が助かったんだから・・・」のコトバの前には
ただの贅沢・欲張りにしか聞こえないみたいだったので・・・

親戚のひとたち、、そして友達にも心配かけちゃいけないし
お見舞いにきてもらったときには精一杯元気に振舞ってできるかぎり笑顔を作った。

このキズさえなおれば退院できる!
そう信じて、翌日にはたちあがり、その翌日からは点滴棒を支えに病棟を歩いた。

手術から4日ほどたって、なんだか胃の調子がおかしいことに気づいた。
胃が痛い・・。でも入院する前からよくあったこと。
でも食事は殆ど食べれず食べても戻してしまう。

担当医と看護師さんに痛みを訴え、胃薬を処方され飲み続けたけどまったく効かず。
でも「様子見」ってことでしばらくそのまま放置。
夜中に激しく痛みを訴え注射をされたこともあった。
でも「痛み止め」といわれて打った注射は、
自分で黒目を動かすこともできなくなるようなものだった。
それ以来夜中に痛みを訴えるのは辞めた。
当直医は担当でなければ手をださない、看護師は胃の痛みを訴えても
ここは産科だから胃のことなんてわからない、みたいな対応。
あの注射をされるのはゴメンだって思って脂汗をかきながらガマンした。

もちろん主治医にはすぐ伝えた。
痛みだしてからすぐにレントゲンを撮って
「癒着はないから大丈夫」と言われた。

でも毎日毎日やむことのない胃の痛みと病院の対応にほとほと疲れ果ててきた。
最初に気づいてから3週間ほど経過。
その頃には絶飲食。高カロリーの点滴を24時間していた。

手術後のトイレトレーニングも始まっていた。
局部がみたことないくらいものすごく腫れて・・・。
「リンパ浮腫やね」って主治医に言われて一人で隠れて泣いた。
そのうちゾウみたいな脚になるのかなって。
それに排尿がうまくいかなくてトイレのあとは必ず残尿測定。
痛いし、看護師さんもいやな仕事なんだろな。
やさしくなかった(人もいた)し。。。

排尿の仕方がわからないなんて情けなくて毎日トイレで泣いてた。
でもどんなに長く座っていてもなーんの反応もなかったんだもん。


そして毎朝の回診時に悲しい2度目の告知。
病理の結果リンパに転移がありましたとのこと。

目に見えるがんはとったけれど
みえないがんがどこかに残っている可能性がある。
子宮頸がんには放射線がよく効くので
放射線治療にはいりたい。
そういう内容でした。
・・・部屋中に響き渡るおおきな声で・・・

最初の告知よりも2度目はきつかった。
もう目の前が真っ暗・・・。
ひとりぼっちで暗闇の底に落ちていくような・・・気持ち。


この胃の痛みさえ転移なんじゃないの?って思ったりもした。

そしてさらに1週間ほど経って強烈な胃の痛みに襲われた。
病室に超音波の機械を持ち込んでみたりしたけどわからず
担当の研修医の判断で(主治医は学会で3日ほど留守でした)
TV室に担ぎこまれ・・・。
外科医が待ち受けていて「イレウスだろう」ってことで
イレウス管を挿入され(あまりの痛さに暴れまわり・・・)
そこから造影剤を入れた。
腸は閉塞し、壊死寸前であったようです。

イレウス管を挿入するとき、何も食べていないのにびっくりするくらい吐きました。
外科の看護師さんは私の頭にセメント袋のようなものをかぶせ
てるてる坊主状態に首のところをくくり
この中で思いっきり吐いてくれと言いました。

数時間このTV室にいたようです。
ストレッチャーに乗せられ
病室に帰ったとき力尽きてぐったりでした。
もうこのまま死んでしまいたい。。。と思いました。

このことを思い出すと、今の胸の痛みなんてなんてことない、って思える。

いっぱい、がんばったもん。
そのうち、きっといいことあるさ(^-^)

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by ihatov12 | 2007-08-10 23:23 | びょうき